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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10178号 判決

原告 吉原正太郎

右訴訟代理人弁護士 若泉ひな

被告 小沼敏子

右訴訟代理人弁護士 有賀正明

同 高木健一

主文

一  被告は原告に対し、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の賃料は、昭和五一年四月一日から昭和五四年五月一四日まで一月金八万四九〇〇円、昭和五四年五月一五日から一月金一〇万五〇〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は昭和五一年四月一日から昭和五四年五月一四日まで一月金九万七四〇〇円、同月一五日から一月金一一万五〇〇〇円であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、昭和四五年三月二三日、被告に対し、原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を賃料一月金五万円と定めて賃貸し、被告は本件建物で飲食店を営んでいる。

二  その後、本件建物の賃料は、昭和四八年四月、金六万円に改訂されて、現在に至っている。

三  ところで右賃料は、租税、公課の増額などにより近隣建物の賃料に比較して低廉であり、昭和五一年五月一日から昭和五四年五月一四日までの適正賃料は月額金九万七四〇〇円、同月一五日からのそれは金一一万五〇〇〇円である。

四  そこで原告は被告に対し昭和五一年二月一二日到達の内容証明郵便にて昭和五一年四月一日以降の本件建物の賃料を月額金一二万円とする旨の、更に昭和五四年五月五日到達の同郵便にて同月一五日以降の右賃料を月額金一一万五〇〇〇円とする旨の各意思表示をした。

五  しかるに被告は右賃料増額の効果を争うので、原告は被告に対し本件建物の賃料は昭和五一年四月一日から昭和五四年五月一四日までは月額金九万七四〇〇円、同月一五日からは月額金一一万五〇〇〇円であることを確認することを求める、

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因第一、第二項は認める。但し、本件建物の面積については否認する。

二  同第三項は争う。

三  同第四項のうち、昭和五一年二月一二日到達の書面で値上の意思表示がなされたことは認める。

四  同第五項のうち、被告が争っていることは認めるが、その余は争う。

(原告の適正賃料に関する主張)

一  原告は本件建物を含む鉄骨鉄筋コンクリート造八階建共同住宅事務所店舗(以下本件ビルという。)を建築してしばらくの間は何らの規制もなかったが、昭和四八年ころから災害防止の規制が厳しくなり、昭和四九年一二月ころから昭和五一年にかけて、行政指導により約二三〇万円の費用をかけて非常階段の設置、防犯灯、非常灯、火災感知機、同報知機を完備したもので、このことは被告に口頭で説明したが、被告は「店舗の営業成績が上がらないので値上げには応じられない。」と言って、値上げに応ぜず、このことは賃料算定の事情として考慮されるべきである。

二  本件ビルのうち本件建物を除く賃貸部分の賃料は、昭和四五年から昭和五一年までの六年間に、平均して約九〇パーセント値上げされており、本件ビルの敷地の一部の固定資産課税台帳上の価格は、昭和四五年四月に三二八パーセント、昭和四八年四月に八二パーセント、昭和五一年四月に一二パーセントそれぞれ上昇している。

三  被告は、契約時、原告との間で、建物管理費用を支払うことを約束し、昭和五一年四月一日から月額五〇〇〇円を支払うことの合意が成立し、原告は右管理費を賃料の中に含めて請求しているものである。

四  東京都家賃上昇率は昭和五一年四月一日から昭和五四年四月には二七・一パーセントであり、その後も上昇しており、本件建物もそれに応じて値上げされるべきである。

(原告の右主張に対する被告の認否)

一  第一項については、原告の主張する諸設備のうち、非常階段は一階を賃借している原告にとっては無関係であり、その余は本件ビル全体のために有益な設備であり、また本件ビルの所有者として当然設置すべきものである。

二  第三については、被告は賃料とは別に管理費名目で一月金三〇〇〇円を支払ってきたが、昭和五一年四月一日から一月金五〇〇〇円を支払うことの合意は否認する。被告は、原告の一月金一二万円という法外の増額請求がなされたので、賃料金八万円と管理費金一万円の提案をなしたが、原告はこれを拒否したので、昭和五一年四月分から供託したに過ぎない。

三  第四については、原告主張の家賃上昇率であることは認めるが、昭和五四年四月の賃料を決めるのにスライド方式によることは妥当でないのみならず、家賃指数だけで適正賃料を決めることには疑問がある。

(被告の適正賃料に関する主張)

一  被告は賃貸借契約の際、原告に対し、敷金として金二〇〇万円差し入れており、内金三〇万円は解約の際償却費として差し引かれることになっており、更に昭和四八年四月の更新の際に更新料として金一二万円を支払った。

二  本件建物の電気、水道の各料金は、賃貸人である原告が東京電力などと直接契約し、別に設置してある小メーターによって、被告の使用量から各料金を計算して、原告が被告からその料金を徴収をしていたが、昭和五二年三月分から五月分までの料金と昭和五〇年のそれと比較すると、正確に計算されたものではなく、ほぼ同量の使用量でありながら異常に料金が高く、しかも昭和五二年には基本料金を算入しているのに、昭和五〇年にはこれをせず料金を被告に請求している。このことは原告が被告に過大請求していることを示しており、原告が賃貸人としての特権を利用してなしたもので、右事実は適正賃料を算定する際に考慮されるべきである。

(被告の右主張に対する原告の認否)

第二について、電気、水道料金は賃料算定には何ら関係のないことであるが、原告は昭和五〇年八月まで、基本料金を失念して被告から徴収せず原告が負担していたため、それ以後は当分の間被告の負担としていたもので、被告主張のとおり正確に計算すれば、原告の請求はむしろ過小請求というべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第一、第二項は当事者間に争いがない。但し本件建物の面積について争いがあるが、《証拠省略》によれば、本件建物は専用面積を一八・六〇平方メートル、その余を共用面積で構成されるものであると認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  同第四項のうち、昭和五一年二月一二日到達の内容証明郵便による意思表示がなされたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば昭和五四年五月五日到達の同郵便による意思表示がなされたことを認めることができる。

三  そこで原告の本件建物の賃料増額請求につき判断するに、まず本件建物及び同賃貸借の特質について検討すると、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1  本件建物は、営団地下鉄六本木駅の東北方四〇〇ないし五〇〇メートルに位置する本件ビルの一階の一部であり、幹線道路に面し付近は中高層ビルが混在しており、近隣には六本木、赤坂地区などの商店街や、伝統のある赤坂料亭街があるも、本件ビル付近はこれらとはやや離れており、混在するビルの一階には店舗が多いが、二階以上は事務所、住居用マンションが多く見受けられ、今後の発展も予想されるが、同様のマンション、オフィス街としての発展が見込まれる特色がある。なお行政的には、商業地域(建ぺい率八〇パーセント、容積率七〇〇パーセント)、防火地域としての指定を受けている。

2  本件ビルも、二、三階は貸事務所として、四階から八階までは住宅用マンションとして構成されており、一階は本件建物以外の部分は共用部分及び原告が酒類販売業の店舗を構えて自営しており、被告は本件建物で飲食店を経営し、昼間は食事、夜は酒及び食事を提供している。

3  本件建物は、被告が賃借する以前は寿司屋やかに料理屋として使用されていたもので、被告は、昭和四五年三月二三日、前賃借人和田房枝から、本件建物の什器備品などを金一九〇万円で買受けると共に、原告との間で賃貸借契約をなした。右賃貸借において、被告は、契約時、原告に解約時に償却費として差引かれる金三〇万円を含む金二〇〇万円の敷金を差入れており、当初、賃料は月額金五万円、管理費として月額金三〇〇〇円を支払う約定であったが、昭和四八年四月、契約が更新された際、室内補修費など立替金名義で更新料として金一二万円を支払い、賃料も月額金六万円に値上げする約定が成立した。その後、原告と被告との間で、賃料の値上げについて紛争が生じ、原告は昭和五一年四月一日から月額金一二万円とする意思表示をなす一方、被告は賃料及び管理費として合計金八万五〇〇〇円を提供したが、受領を拒否されたので右金員を供託するに至った。

四  次に原告の賃料増額請求について判断する。

1  昭和五一年四月一日以降の適正賃料

(一)  右賃料算定の資料には田坂鑑定と佐野鑑定とがあり、田坂鑑定はいわゆる積算式評価方式(配分方式)を基礎とした総合方式と賃貸事例比較法とによる算出をなし、前者を相当として月額九万二四〇〇円が適正であると認定している(右鑑定では両方式を総合考慮したと記載されているが、実質は後者の方式によるものと認められる。)のに対して、佐野鑑定は賃貸事例比較法に基礎をおく比準賃料方式とスライド方式と積算式評価方式(差額配分方式)との三つの方式による算出をなし、スライド方式を標準として他の方式を比較考慮して月額七万六〇〇〇円と認定している。

(1) 賃貸事例比較法による算出は、資料となる事例が少なく、本件建物の賃貸借の特殊性が考慮されておらず(特に田坂鑑定においては、資料事例と算出された適正賃料との関係が必ずしも合理性があるとはいえず、参考とはならない。)、またスライド方式による算出も、同様に特殊性が考慮されておらず、管理費支払の合意も考慮されず、参考になるとはいえても、適正賃料算出の基礎とすることは必ずしも妥当とはいい難い。

(2) したがって、本件建物賃貸借の個性に着目する積算式評価方式を基礎として、本件建物賃貸借の主観的、客観的具体的事実関係を総合して適正賃料を判断することが相当である。

(二)  そこで両鑑定における積算式評価方式について考察するに、両鑑定には土地、建物の評価格、必要経費、敷金の運用益などに算出方法に差があり、両鑑定にはそれぞれ一長一短があり、いずれも不当であるとは判断できず、両鑑定の積算式評価方式を総合検討して判断することとし、これによれば月額正常実質賃料と同実際実質賃料との差額は金三万四八〇〇円とするのが相当である、ところで田坂鑑定では、右差額賃料の七割五分を貸主帰属部分とし、右根拠を本件契約の経緯、近隣地域における賃料水準、賃貸市場の動向などを掲げ、前掲田坂証言によれば、いわゆる当時の石油ショックによる地価、建築費の高騰を理由としているが、これらは正常実質賃料を算出する要素である更地価格や建物価格を計算する際に配慮されており、配分率を決めるときの根拠とすることは相当ではないが、前記認定のとおり、本件ビルの位置は、事務所や住居用マンションを目的とする中高層ビルの一部であり、本件建物が本件ビルの利用価値の高騰に寄与しているものの、本件ビルの位置、環境が実質賃料の上昇をもたらしていると推認することができ、差額部分の六割相当額を貸主に配分することが相当であり、したがって月額実質賃料は実際支払賃料金六万円に差額部分の六割である金二万〇八八〇円を加えた金八万〇八八〇円であると認めることができる。

(三)  次に本件建物賃貸借の特殊性について考えるに、原告と被告との間で、賃貸借契約時、賃料とは別に、実質的には賃料と同視できる管理費三〇〇〇円を付加して支払う合意が成立し、被告はこれを支払ってきたこと、被告は原告との間で賃料に紛争が生じた際、賃料八万円及び管理費五〇〇〇円を供託してきたこと、更に被告が使用している本件ビルの共用部分について前記両鑑定は考慮していないことなどが認められ、被告が契約更新の際に更新料一二万円を支払っていること、他の二方式による適正賃料の額を考えても、前記実質賃料を五パーセント増加したものが適正賃料であると判断し、右金額は金八万四九〇〇円である。

(四)  なお原告及び被告の適正賃料に関する各主張について検討するに、原告の第一の主張については、賃料算定の参考とすべきか疑問であるし、原告主張の各施設を被告が全て利用していると認められず、第二の主張は他の賃料についてこれを認める証拠がなく、台帳の価格の上昇は正常賃料の計算の際に考慮されており、第三の主張はこれを認める証拠はない。次に被告の第一の主張については、すでに判断しており、第二の主張に賃料算定の参考とすべきでないことは明らかである。

2  昭和五四年五月一五日以降の適正賃料

(一)  《証拠省略》によれば、東京都家賃上昇率は昭和五一年四月一日と昭和五四年四月一日の時点を比較すると二七・一パーセントであることを認めることができ、前記1の適正賃料に右上昇率をスライドさせると金一〇万七九〇〇円となり、前記1認定の諸事情を考慮すると、右月日以降の適正賃料は金一〇万五〇〇〇円と判断することが相当である。

(二)  ところで被告はスライド方式によることについて異論を述べているが、スライド方式によることも一つの賃料算定方式として確立していることは公知の事実であり、本件において他に算定の資料がない以上、昭和五一年四月一日以降の賃料について別の方式を採ったとしても、諸事情を考えて判断しており、右方式によることはあながち合理性がないとはいえない。

五  以上によれば、原告の本訴請求のうち、昭和五一年四月一日から昭和五四年五月一四日までの賃料が月額八万四九〇〇円及び同月一五日からの賃料が月額一〇万五〇〇〇円であると確認する限度では理由があるが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻)

〈以下省略〉

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